2019年3月15日

【前編】創業者に聞くアップガレージの足跡|創業者×メンバー

この記事は、社内報withU83号(2019年3月10日発行)に掲載している鼎談コンテンツに入りきらなかった文章を含めた全文です。

 

2019年に4月にアップガレージは20周年を迎えます。全員で20周年を迎えることができるよう、経営陣×メンバーの鼎談インタビューを企画しました。

紙面では3ページと限られた文字数で入りきらず、泣く泣くカットしてしまったエピソードもありました。なので、 全4回に分けて全文を公開します!

アップガレージのこれまで
石田社長×山中・石井【前編】【後編
アップガレージのこれから
河野さん×山崎・佐藤【前編】【後編

 

石田:本当に聞きたいこと聞いてね。石井、今日ちゃんとした格好してるの?

石井:そうです。これがあったのでスーツで来ました。

オープン日に確信 このビジネスは絶対にうまくいく

山中: 2000年9月フランチャイズ展開に踏み切ったきっかけってなんだったんですか?

石田:本当にそれ聞きたいの?やま、何年いるんだっけ?

山中:僕、アルバイト含めてもう13~4年目になります。

石田:てことは2005~6年入社か。2004年に上場した後だから、少し出店がおさまってきたころだね。

山中:そうですね。バタバタが落ち着いたとは当時聞いていました。

石田:なぜフランチャイズを始めたかだっけ?真面目な話をすると、もともとやっていた中古車販売店 オートフリークからアップガレージを始めたんだけどね。1999年9月オープンした日にお客様の来客状況を見て僕、確信したわけよ。

「このビジネスは絶対うまくいく」って。いま、総本店がある場所が創業の地だけどね、マンションの向こうの方まで、20台くらい車が並んじゃったり、いらっしゃったお客様のテンションの高さからこれは絶対いけると思った。

なおかつ、早期に全国展開しないとうちより資本力もブランド力、人材力のある企業が真似してくると予感があり、先行逃げ切り型しかない、と思った。全国、面で抑えて、中古カー用品というビジネスで、昔でいうデファクト・スタンダードじゃないけど、我々が完全にイニシアチブ(主導権)を取り、走り続けるためには短期間で大量出店しなければいと感じた。ゆっくりやっていったら、オートバックスさんやイエローハットさんが入ってきて、打ち勝てないなという恐怖心があった。

ノウハウもない、資金もない、ないないづくしの状態。ただ業態としての強さがあり、イケると思った。そうすると、短期間で大量出店できる選択肢としてフランチャイズしかなかったんだよね。よく、事業の3要素ヒト・モノ・カネというけど、全てなかった。

けど、ノウハウとアイディアで展開力はあったし、まずは県庁所在地を抑えたかった。なので50店舗くらい?これは早期に出店したいなと思ったんだよね。でも当然、フランチャイズはリスクもある。直営店の方が意思の疎通も図れたり、同じ質のお店が作れるしね。フランチャイズであれば、人材も店舗もお金も先方の経営資源を使えるわけだ。

山中:でもフランチャイズの1号店目が熊本だったのは?創業の東京都町田から離れて運営が大変だったのではないですか?

石田:うん。ドミナント的に出店するのが小売業・サービス業のセオリー。ある店舗があって特定の地域周辺に円を描くように出店していく形ね。これは、物流が伴うため、人的交流、モノ的交流がリーズナブルにできるため。ただ、僕らは基本的に商品は地元の方から買わせていただくじゃない。

山中:そうですね。

石田:つまり、我々から商材・商品を送るといった物流があまり発生しない。

もちろん、近い方がすぐにお手伝いに行けるため越したことないけど、仕入れを現場にお任せできるから、九州でも北海道でも理論上どこでもできる。一番最初に熊本のイマムラオートさんが一番関心を示してくださり、熱心に手を挙げていただいたことが大きかった。

山中:なるほど…。

石田;考えてないようで考えてるだろう?(笑) 適当にやってるって悪口言ってるんだよ、こいつら。

山中:いやいやいや(笑)

石井:(笑) でも、全国展開の際にスピード感が大切だと思うのですが、アップガレージがFCやりますといってから引く手数多だったのですか?それともこちらから営業をかけて地道に?

石田:結論から言うと、引く手数多だった。僕のビジネススタイルは一貫していて、差別化。みんなが欲しがる強い商品をつくり、営業はしないというスタイル。アップガレージのビジネスモデルは極めて稀だったんだよね。

1999年からアップガレージという名前にして、翌年2000年からフランチャイズ展開しているけど、実は1年間めちゃくちゃシステム開発をした。当時、売り上げが1億円ちょっとの時に1億円借り入れをおこして、1億円のシステム投資して、今の基幹システムのプロトタイプ(原型)をつくった。

それが、絶対的に武器になると思っていた。

アップガレージの武器は業態の強さとシステム

当時、リユース業はシステム化が遅れていた。今はもうだいぶ進んでいると思うけど、20年前の当時は買い取ったものを一つ一つ管理する単品管理という概念がなかった。棚卸しもアバウトだし、売り上げも本当の利益ってよく分からない。

八百屋さんみたいな感じ?3万円仕入れて、10万円で売れたから7万円の儲けだよねっていうような大雑把な管理。当時それを知ったときに、これじゃダメだ。と思った。

アップガレージ1号店(2019年3月現在 横浜町田総本店の場所にて創業)

で、創業の時から多店舗展開を考えていたからね。エキスパートじゃないと買取できない状況で多店舗展開は難しいわけよ。単品管理ができるシステムをつくらないといけないと思った。テーマとしては、誰でもが査定できること。

システムのサポートのおかげで、比較的素人の人でも買取ができる。結果的にうちのシステムはまだ1〜2年時間がかかってしまうけどね。あとは、商品の計数管理がきちっとできる。それによって経営判断ができる。

山中&石井:なるほど。

石田:なんとなくのパパママストアのような大雑把な経営管理ではなくて、ちゃんと指標が出て、このお店の利益率がどうなの?とか、長期在庫比率がどうなの?とか今まさにやってるでしょう?ああいうことが出来ないとFCとしてみなさんにやっていただく時の大きなカードにならない。

だから、業態の強さとシステムの二つの大きな武器を持っていた。

FC加盟しないとこのビジネスは進めないなと思ってもらう

アップガレージのFCに加盟いただくような企業からすると、フランチャイズに加盟することは屈辱的なわけよ。傘下に入るようなイメージ。でもそういう方々に、このビジネスやろうと思ったら加盟しないと、このビジネスは進めないな、加盟するとはやく立ち上がり、確率が高まると思っていただかないといけない。

その仕掛けは、この一年間にお金と時間をかけてつくった。業態の強さとシステムの二つの武器を持っている。だから営業なんてしない。嫌ならやめてください。他はいくらでもいるから、って。そんなノリだったね、当初は。

江副さんのころのリクルートがそう。他を圧倒させる強い商品をつくり、優秀な人に売らせる。絶対勝つじゃん、そんなの。大体ダメな会社は弱い商品をダメな社員が売るから、勝てない。リクルート事件が起こる前までの江副さんはそうだったね。

山中:久しぶりにそのお話を聞いて、懐かしさを感じます。

石井:前身の中古車販売のオートフリークを捨てるではないですけど、用品のアップガレージに行こうと決断に至った理由はありますか?迷いなどあったと思うのですが。

社長石田がお兄さんと経営していたアップガレージの前身 中古車売買店オートフリーク

社長:基本的には飽きっぽいのよ。

石井:(笑)

石田:創業社長は飽きっぽいのよ。みんな新規事業やるじゃん。シナジーがあるだとかいろんな事言ってるけど、あんなのみんな後付けだから。俺は上場してないし、関係ないから正直に言っちゃうけどね。孫さんが「ケータイなんか飽き飽きだよ」なんて言って新規事業やったら袋叩きにあっちゃうからね。立場上、本音でも言えないけど。飽きちゃってんだよもう。

中古車のブランディング化を見据え、パーツに特化したアップガレージへ踏み切る

石田:真面目な話をすると、車体からパーツへの転換は車のいまの現状がなんとなく予想できたからね。人口が減って、車両販売が減るっていう。一番懸念したのは当時トヨタや日産、ホンダなどのディーラーが本格的に中古車の販売を始めたのね。90年代くらいから。

それまでメーカーさんて中古車は主力商品じゃないから、新車が売れなかった営業マンの吹き溜まりみたいになっていた。ただ、競争が激しくなり新車があんまり儲からなくなった。

で、中古車の収益が高いと気づき、ホンダも統一ブランドをつくったりしてね。ホンダの中古車センターでは、ホンダの車しか置かなくなったり。今は当たり前なんだけどね、昔はホンダの中古車センターなのに、トヨタや日産の車を平気で下取って売っていた。

でも、そうやって、中古車もブランディング化していった。その姿を90年代見たときに、これは僕らみたいな専業店はきつくなってくるなと思った。だって、メーカーが本腰入れて中古車扱っていったら、どう考えても一般の消費者はメーカーで買ったほうがいいもんね。安心じゃん。わけわかんない中古車屋さんで買うより。

トヨタや日産、ホンダの看板があるディーラーさんから買ったほうが、ちょっと高いかもしれないけどいろんな面で安心だよなと思ったときに、これをなかなか突破できない可能性あるなと。

結果的にビックモーターとか頑張ってやってるところあるから、全部壊滅状態になったわけではないけど。かなり僕らの時代から比べると、メーカー系の中古車数のシェアが高まってきている。なんとなく、車体一本でやっていったらきついだろうなという予感はあった。

石井:ありがとうございます。

山中:当時のオートフリークも走り屋、ドリ車など特化していたのですか?

社長:そうそう。ドリ車とか、NSXばっかりとかワゴンとか。走り屋の車ばっかりだった。

山中:何かにとがったほうがいい、ということですか?

石田:うーん。小売業って実は総合型、専門型の歴史の繰り返しなんだよね。

小売業は総合型、専門型の歴史の繰り返し

例えば、GMSという総合スーパーもあるでしょ。60~70年代に席巻して巨大化していって、そのあと何ができたかというとドラックストアとか、家電量販店とか、紳士服の量販店とか総合でやっているところがどんどん枝分かれした。

ドラックストアとかいい例だよね。スーパーとかそういうところでやっていた人が専門特化した店を出してきて、今どうなったかというと総合化している。ドラックストアでお酒売ったり、卵売ったりして。このまま行くと、きっとまた尖った企業が出てきて、分かんないけど、やたら頭痛薬ある専門のお店とか!(笑) そういう総合型と専門型の繰り返し。それは誰かが仕掛けている時もあるし、世の中のトレンドの時もある。

今はどんどん専門化している。いっぱい商品あるけど欲しいものないよね。っていうやつね。イオンとかイトーヨーカドー行っても買いたいものないよね、成城石井の方がいいよね。100円ローソンの方がいいよねっていう。でもまたそれも長い歴史を見て繰り返している。

山中:なるほど。あと、これは聞きたかったことなのですが…

 

(後編に続く…)